アメリカ
私たち夫婦の海外への旅はヨーロッパ方面が多いのですが今回は前回のカナダに続いて連続東向きの旅行となりました。
東向き旅は着いた日ホテルに直行しないでいきなり観光が始まりますので体力的にはなかなか厳しく、機内でよく眠っておくことが肝要です。
今回は2018年5月に行きましたアメリカ西海岸大自然の旅についてブログ記事を編集して綴ってみたいと思います。
[目 次] (青色文字の項目にはリンクが貼られています)
1 ヨセミテ、グランドサークルへ (2018年5月8日のブログを編集)
2 アメリカ西部大自然の旅 (2018年5月22日~7月6日のブログを編集)
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昨年、当時93歳の義母は二度の大腿骨骨折と手術、リハビリ等で延べ半年以上も入退院を繰り返していました。
この歳で成功したのは奇跡と言われた大手術、医師の適切な処置と義母の頑張りでよくぞ持ちこたえ、今年になって義母は容態が落ち着き車椅子も必要なく痴呆にもならず穏やかに過ごしています。
義母もつらかったと思いますが、整形外科だけでなく内科、眼科、歯科等あらゆる診療科を絶え間なく受診する義母に家内は付きっきりで世話をしていました。
おかげで一昨年カナダ、スイスに行ったきりで昨年は夫婦で旅行する時間的、精神的余裕がありませんでした。
今年義母の状態が安定している今のうちに家内の気分転換を兼ねまた海外に行こうと二人で計画しました。
私たちの旅行の間義母には介護付き老人ホームにお泊りしてもらいます。
家内の希望で今回はアメリカ西海岸、ヨセミテ国立公園とグランドキャニオンやモニュメントバレー等グランドサークルを巡るツァーを選びました。
サンフランシスコ観光や2回のミニハイキングもついています。
私たちの旅行は過去圧倒的にヨーロッパが多く、東方向はハワイ、カナダを除けばアメリカは少ないです。
東向きのツァーは着いたその日に寝ないで観光が始まりますから体力のあるうちにと思います。
ヨセミテ、グランドキャニオン、イエローストーンはアメリカの三大国立公園ですが、イエローストーンはかつて出張のついでに行っていますので今回ヨセミテとグランドキャニオンに行けるのを私も楽しみにしています。
往復羽田発着のJALで、またアメリカ国内の移動は飛行機とトイレ付きバスで安心、便利です。
アメリカはカナダのeTA同様ESTA(電子渡航認証)の取得が必要(有料)で、ネットで手続きを済ませました。
こんな面倒な手続きをさせるなら日本もアメリカ、カナダからの入国に対して同じように認証取得させればいいのにと思います。
旅行保険は今までネットのジェイアイ傷害火災のたびほが良かったのですが最近保険料が驚くほど高くなりました。
ネット加入の場合店頭対面販売に比べて年齢制限や既往症等で加入できないケースがありますので注意が必要です。
調べ直して今回はネットの損保ジャパン日本興亜offにしました。
旅行会社同梱の保険パンフレットやたびほのネット加入に比べて約3割の保険料で済みました。
何かあった場合に備えてマイau携帯を始めて海外に持って行きますので使い方を勉強しておきました。
事前に届いた旅のしおりにツァーディレクターの氏名、ツァー参加者人数が載っており、ツァーディレクターの携帯電話番号を記入する欄まで設けてあって感心します。
ドルは手持ちを持って行けばあとはカードが使えますので両替不要です。
サングラスがあったほうがいいと書かれていましたので百均でメガネの上からかけられるオーバーサングラスを買いました。
これは安くて便利そうです。
一番の難関は血糖値が高いため医者より甘いもの、アルコール厳禁と言われていることです。
アルコールは元々そう飲めませんので我慢できますが、炭水化物の摂り過ぎと食後のデザートに要注意です。
すぐスルスル手が出てしまいますので家内によく見張っておいてもらいます。
今年は珍しく庭の柚子にいっぱい白い花が咲いています。
でもこの木はよく見ていないと蝶が幼虫をたくさん産みつけまたたく間に大きい毛虫になっておいしい新芽の葉っぱ部分を食い尽くして丸坊主にしてしまいます。
目の細かい防虫ネットをかぶせておこうかと考えていますがうまくゆくかどうか。
あとはツァー前日に自宅のパソコンからWebチェックインして飛行機の座席を予約し搭乗券をプリントアウトします。
早い者勝ちですので何とか足の伸ばせる最前列の座席が取れればいいのですが。
それでは行ってまいります。
アメリカ西部、カリフォルニア州とアリゾナ州に広がる二つの国立公園を含む大自然を巡るツァーに家内と行ってきました。
このツァーにはヨセミテ国立公園、グランドサークルと呼ばれるセドナ、グランドキャニオン国立公園とモニュメントバレー、アンテロープキャニオン、ホースシューベントの計6つの絶景にサンフランシスコ市内観光がおまけについています。
ヨセミテとグランドキャニオンは世界遺産になっています。
ヨセミテ国立公園だけがカリフォルニア州で、グランドサークルはアリゾナ州はじめ4州にまたがっています。
カリフォルニア州だけでも日本の1.12倍もの広さがありヨセミテとグランドサークル両方を効率良く観光するにはグランドサークル観光の拠点フェニックスまで国内便使用が必須になります。
半径225kmに及ぶグランドサークル内にはグランドキャニオン国立公園以外にもザイオン、ブライスキャニオンなど8つの国立公園があり、限られた旅程ではグランドサークル内観光は程々にしてヨセミテに立ち寄るか、ヨセミテはあきらめてグランドサークル内観光に重きを置くかの選択になります。
後者では地理的に近いデスバレー国立公園やラスベガス観光を含むツァーも見受けられます。
砂漠地帯のグランドサークル内の景観はどこもよく似ていますので、森林の緑や滝の多いヨセミテを含むツァーを選びました。
旅行会社のツァーは一般に5月のゴールデンウィークや夏季連休、音楽祭などのイベント、紅葉や花の時期の旅行代金が高く、雨季や寒い時期の旅行代金は安い傾向にあります。
今回のツァーは3月から10月までの募集で、3月が一番安く夏休み期間は3月の1.5倍もの代金になっています。
行こうと決めたのは2月初めで、すでに募集カレンダーはかなり埋まってきていましたが5月連休を過ぎた時期の出発に空きがありすぐ申込みました。
この時期は旅行代金も3月より少し高いだけで、新緑で木々が青々とし滝は水量豊富で暑くも寒くもなく、旅行に最適でした。
いつものことですが、出発1ヶ月前くらいになると家内は空のスーツケースを広げ思いついたものから必要なものを放り込み、足らないものは買い足して準備に取りかかります。
心配性の家内はいつも荷物が多くなりがちです。
私は旅行代金の振込み、ESTA(電子渡航認証)の取得、海外旅行傷害保険の申込み、空港までのシャトルバスの予約、出発前日のWebチェックインなどネット関係の処理をします。
Webチェックイン時点ですでに座席が決まっており空きが少ない状態でしたが、通路側を希望した家内のために座席変更することができたのはラッキーでした。
昔は景色の見える窓側座席が好まれましたが、今は他人に遠慮なく座席を立てる通路側が人気です。
さていよいよ当日、タクシーを呼んで乗り込み自宅を出発した途端、ショルダーバッグを玄関先に置き忘れてきたのに気付きあわてて引き返すという先が思いやられるハプニングがありました。
昔会社の出張の折、やはり玄関を出たところでパスポートを家に置いたままであることに気付いたことがあるのを思い出しました。
夫婦は二人で一人前、何でもお互いよく確かめましょうと言い合いました。
羽田空港までのリムジンバスは私たち夫婦だけで貸切り状態、こんなことは今までで初めてでした。
今回のツァーでは羽田までの国内線はたった千円で利用できるとあって全国からツァー客が集まり、私たち赤組32名、もう一組青組30名の総勢62名、それぞれに添乗員がついてバス2台の大勢での団体旅行となりました。
多くは旅慣れた年配の夫婦連れでしたが、中には80歳代で一人参加のお元気な女性もいました。
今回時差は少々ややこしいことになっています。
カリフォルニア州は日本より17時間遅れの-17Hですが今は夏時間で-16Hです。
アリゾナ州はカリフォルニア州と1時間の時差があり-16Hですが夏時間を採用していませんのでカリフォルニア州が夏時間を採用している今の時期はアリゾナ州とカリフォルニア州は時差がありません。
ただしアリゾナ州の中で今回観光するアンテロープキャニオンやホースシューベントなどナバホ族居留地だけは夏時間を採用しています。
私たちのツァーでナバホ族居留地に滞留している時間はそう長くありませんので添乗員からのバス集合時間などの指示にこの夏時間問題は関係ありませんでしたが、ナバホ族と現地観光時間の予約交渉等にガイドは夏時間で行ったのではないかと思います。
JALの搭乗カウンタでマイレージの登録をします。
何も言わなくても帰りの便まで含めて登録してくれることが多いですが別々なこともありますし、乗継便のアメリカン航空の分も含めて登録されているかの確認も必要です。
アメリカン航空ではカウンタでは登録できなくてゲートでやってくれと言われ、ほんとにやり方がマチマチです。
搭乗まで十分時間がありましたのでラウンジでゆっくりしました。
搭乗直前に時計を現地時間に合わせ、お金を円から手持ちのドルに入れ替え、携帯の電源を切っておきます。
時差-16Hですからカレンダー機能のない私の時計は4時間戻すか8時間進めます。
デジカメの時計機能も修正が必要ですが面倒なのでいつもそのまま、携帯に至ってはやり方もわかりませんので無視です。
いよいよ搭乗です。
今回のフライトはJALでしたが、ツァーを選ぶとき航空会社は可能な限りANAを、ANAがだめならJALを利用するようにしています。
単に寝て行くだけだから安い航空会社で構わないという考え方もありますが、ANAやJALはクルーのホスピタリティや機内エンターテイメント設備その他の点で外国の航空会社に比べて快適性が格段にいいからです。
時差の感じをつかみやすい表を作ってみました。
5/10から5/17まで8日間のツァーです。
時差が16時間ありますので1日目の5/10は一日が40時間もあり、この穴埋めは最終8日目の5/17が一日たった8時間に短縮されることで帳尻を合わせています。
サンフランシスコに着いてホテルに直行するのではなく寝る間もなくいきなり観光が始まりますので、初日でまだ元気ではありますが極力機内で映画など見るのは控えてひたすら寝ておきます。
サンフランシスコ空港で入国審査に3時間もかかりました。
どんなに混んでいても臨機応変に窓口を増やすなどの措置はしてくれませんのでひたすら立ったまま並んで待ち続けます。
審査官の仕事ぶりはまったくのマイペース、指10本の指紋と顔写真を撮られてまるで凶悪犯扱いです。
アメリカ人が日本に来るときも同じようにすればよいと思います。
添乗員は入国審査に時間がかかることを織り込み済みで、このあとのサンフランシスコ市内観光の時間を減らせばよいだけと落ち着いています。
いわばおまけのようについているサンフランシスコ市内観光ですが、観光の定番はゴールデンゲートブリッジ見学とフィッシャーマンズワーフ散策と決まっています。
日本から米国本土各都市への直行便がまだ少なかった頃、米国出張といえばサンフランシスコかロサンゼルスで国内便に乗り継いでいましたので、私は中継地としてのサンフランシスコには何度も降り立っています。
従って時間があればゴールデンゲートブリッジを見たりフィッシャーマンズワーフにも立ち寄ったりしていました。
家内は家内で過去にお友達と訪れています。
今回のようなツァーでは旅慣れた人の多いことが予想されますのでこういったお決まりコースよりも、例えばサンフランシスコ名物のケーブルカーに試乗してみるとかロンバートストリートを歩いてみるとか違った角度から一味違うサンフランシスコを感じさせる試みがあっても良かったのではと思いました。
さてそのフィッシャーマンズワーフですが、昔のひなびた漁港の佇まいからは激変、洒落たお店が軒を並べまるで神戸のハーバーランドのような感じ、入り口の大きなカニの像は大阪道頓堀、かに道楽の看板を思い浮かべてしまいました。
ここからは監獄の島アルカトラズ島がゴールデンゲートブリッジからよりも間近に見えます。
初日の夕食は空港に近いバーリンゲームにあるNew England Lobster Market & Eateryという海鮮料理店でロブスターでした。
長い一日が終わり2日目は世界遺産、ヨセミテ国立公園の観光です。
今回のツァーは概してホテルは質素、その分食事のグレードに重きを置いているように感じました。
都会ではなく砂漠地帯を巡る旅ですから元々スペシャルクラス、デラックスクラスのホテルは数が少ないこともあるのでしょう。
ヨーロッパのツァーでスタンダードクラスのホテルですとスーツケースを広げると足の踏み場にも困るような狭い部屋に当たることも往々にしてありますが、今回部屋の広さについてはスタンダードクラスにしてはどこも広いほうで、たいてい部屋には枕を3つ4つ横に並べられるくらい大きなダブルベッドが2つ備わっていました。
それに高層のホテルはなくその分横に長く直線の廊下が延々と続くようなホテルが多かったです。
広大な国土で地価も安く敷地を十分とれますのでわざわざ高層にする必要もないのでしょう。
部屋の窓からの眺望はどこも格別なものは何もありません。
普通ツァーでは最終日のホテルは印象を良くするためワンランク上にして「終わり良ければすべて良し」とすることが多いのですが今回は最後までスタンダードクラスでした。
ホテルでの朝食はアメリカンスタイルではなくパンとコーヒーを主体にした簡単なコンチネンタルスタイルで、あれもこれもと欲張って朝を食べ過ぎるとてきめんに体調を崩しますから食いしん坊の私にはこれでちょうど良かったかも知れません。
どのホテルにも部屋にコーヒーバッグ、ティーバッグ、コーヒー(紅茶)沸かし器が用意されていました。
ホテルによって湯沸し器の機種が違い使い方を覚えるまでああでもないこうでもないと失敗したりもしました。
部屋の設備では洗面所シンクの排水栓が閉まったままで開かないというトラブルがありましたが、すぐ見てもらい応急処置でひとまず使えるようにはなりました。
部屋に入ると水回りだけはすぐに点検しておくべきです。
サンフランシスコからは添乗員(ツァーコンダクター)のほかに日本人女性の現地ツァーガイドがずっと同行し添乗員は行程管理を、ガイドは観光案内をと業務を分担、結果添乗員の負担がガイドなどいなかった昔に比べてずい分と軽減されその分派手に立ち回って目立つガイドに比べて地味な添乗員の影が薄くなった感があります。
最近の添乗員やガイドは空港でも観光地でも引率に目印の旗棒を振って大声を出すようなことはあまりしなくなったように見受けます。
ガイドは観光案内だけしていれば良いのではなく、率先して添乗員の仕事を助け、あるときはツァー客の重いスーツケースをポーターもエレベーターもないホテルの二階に運び上げるといった重労働までしていました。
ガイドは競争の激しい業界にあってツァー会社に継続的に契約してもらうため献身的に働いているのかも知れません。
とにかく若くて明るく良く声の通るとても気の付くガイドさんでした。
研究熱心でその土地土地の歴史を含め非常に詳しく案内をしてくれました。
バスの座席は毎日入れ替え制で座席表がバスの乗り口に張り出されます。
ラッキーなことに二日目の今日は最前席に座ることができ、カメラで写真を撮るのに一番いい席となりました。
今回ソニーデジカメの設定をおまかせオート撮影からさらに自動化したプレミアムおまかせオート撮影に設定しました。
プレミアムオートでは一回のシャッターで露出を変えて複数回高速自動撮影し重ね合わせ処理でブレやノイズのないきれいな写真に仕上げてくれます。
この効果はてきめんでどの写真も失敗のない露出の適正な写真に仕上がりました。
ただ毎回連写処理しますので次続けてすぐ撮りたい場合にも少し待たなくてはならないのが欠点といえば欠点です。
ヨセミテは東京都の1.5倍の面積をもち年間400万人が訪れる全米一人気のある世界遺産の国立公園で、見どころはトンネルビューポイント、センチネルブリッジ、グレーシャーポイントなどからの眺めで、エルキャピタン、ブライダルベール滝、ヨセミテ滝、ハーフドームなどヨセミテの特徴ある景観を眺望することができます。
このうちグレーシャーポイントはこの時期まだ閉鎖されていました。
トンネルビューポイントからの眺め
トンネルビューポイントはヨセミテ渓谷の絶景を一望できるヨセミテ随一の観光スポットになっています。
左の大きい岩山はエルキャピタン、中央の滝はブライダルベール滝、その間の最奥部に見える尖った山がハーフドームです。
ブライダルベール滝の近くまで行ってきました。
ブライダルベール滝
今の時期は水量が豊富で迫力があります。
ガイドさんの先導、約1時間のコースでマーセドリバーミニハイキングをしました。
センチネルブリッジから見るマーセド川とハーフドーム
トンネルビューポイントからは見えなかったヨセミテ滝です。
ヨセミテ滝
トンネルビューポイントで最奥に見えていたハーフドームです。
ハーフドーム
2日目の夕食はスペアリブと付け合せのでかいじゃがいもです。
昨日1日目のロブスターといい、この日のスペアリブといいナイフと格闘しての疲れる夕食でした。
3日目からは緑ともお別れ、いよいよ砂漠地帯に入って行きます。
サンフランシスコ9:15発のフェニックス行きアメリカン航空に搭乗するためホテルを4:15に出発します。
朝食はバスの中でお弁当です。
以前トルコで早朝のトルコ国内便に乗るためホテルを深夜3時頃出発したのを思い出しました。
その時よりもマシですがさすが眠いです。
私たち赤組ともう一方の青組グループとは同じ行程で食事場所も泊まるホテルも同じです。
ホテルのチェックインが重なってロビーやエレベータが混雑しないよう添乗員どおし調整し合って時間をずらす工夫をしていたようです。
この日も飛行場でのチェックインカウンタが重ならないようホテル出発を青組4:00に対して4:15の設定でした。
ツァー全行程を見ていて青組より私たちの添乗員の方が時間のやりくりや交渉が一枚うわ手のように感じました。
サンフランシスコ空港で搭乗まで時間がありましたのでカフェ・ラテを注文しましたら3.9ドルでしたが、横に並んでいた「お~いお茶」のペットボトルは6ドルもしていました。
レシートのTAXは消費税とわかりますがこれ以外にもHealth Fee 0.51ドル、EE Surcharge 0.16ドルなどと少額ながら訳のわからない追加料金が記されたレシートがあります。
サンフランシスコ空港で国内便に搭乗の際今回初めて経験したのがTSA(米国国土安全保障省運輸保安局)のプレチェックでした。
搭乗券にTSA PRECHKと印字されています(赤枠部分)。
搭乗の際保安検査を受けますがTSA PRECHKと印字された搭乗券を持っていると手にチェック液を塗らされますが上着や靴、ベルトを脱ぐ必要がなく専用レーンに並んでX線ゲートを通過するだけで済みます。
水戸御老公の印籠みたいなものです。
本来TSA PRECHKは「あなたは安全な人と認めますから簡易な検査でいいですよ」というサインだと思うのですが、搭乗券にランダムに印字されて発券されますのでわけわかりません。
登録料85ドル払えば5年間TSA PRECHK資格が得られるというのも変な話です。
正確には見ていませんがツァー客の約半数が、私も家内もTSA PRECHK対象者でした。
運悪くプレチェックの恩恵を受けられなかった人は混んだ別の列に並ばせられ検査に時間がかかっていました。
サンフランシスコを飛び立ってすぐの機上からの風景です。整然とした街並みが続いていました。
フェニックスに下りてからはバスで見渡す限り広大な赤土のなかを延々と北上してゆきます。
フェニックスからバスで北上しますと車窓からは最初サボテンがニョキニョキ生えているのが見られますが、北上につれ気温が下がってそのうちサボテンはまったく見られなくなります。
サボテンに代わって赤土と奇岩が多くなります。
2時間半ほど走って砂漠の町セドナに立ち寄ります。
セドナではローカル空港近くの展望の良い高台エアポートメサと町の中心でおしゃれな店が立ち並ぶアップダウンを見学、昼食はこのツァーでただ1回各自で自由食です。
と言っても大抵はガイドさんお勧めの店に皆で大挙して押し寄せることになるのですが。
エアポートメサからの眺め
アップダウンの町並み
遅い昼食後またバスで今夜の宿泊地フラッグスタッフまで約1時間走ります。
サボテンの花
ホテル近くのレストランで夕食、たまたま座る場所の空きの関係で青組グループのテーブルに座ることになりまた違ったいろんな人の話を聞くことができました。
青組の中にこの4月脱走した受刑者が潜伏していた尾道の向島(むかいしま)から参加した方がおられました。
犯人が捕まらなかったら家を空けられなかったけれど幸い捕まってくれたので旅行に来れたと言っておられました。
また今回の旅行で腕時計が止まっていたのに気付かず、さらに運悪く直前に搭乗ゲートが変更になったこともあってフェニックス行きの便に乗り遅れ次の便で追っかけ、降りてからバスもないのでタクシーでホテルまで9万円もかかったという人がいました。
買い物はほとんどカードで済みますので現金は必要最少限しか持参していませんが、こんなアクシデントに備えるには少しは余裕を持っておかないといけないのかもと考えさせられました。
4日目はグランドキャニオン観光です。
朝食会場にワッフルを焼く機械が置いてありました。
溶かした粉をたいやきのように熱した鉄板のワッフルの型に流し込みます。
くるりと上下逆さにすると表示タイマーがカウントダウンを始め3分経つと出来上がりです。
欲を言えば粉が上等だともう少しおいしいのですが。
蜂蜜をたっぷりかけていただきます。
くるりと回さないと何も始まらないのがわからずまごついていたら外人が教えてくれました。
全長450km、深さ平均1,600mと言われるコロラド川が侵食してできた大渓谷、世界遺産グランドキャニオン国立公園、たった1日、実質数時間の観光ではごくごく一部しか見ることはできませんが、それでも目にする雄大さはケタ外れでした。
ビューポイントはいくつかありますが、デザートビューポイント、マーサーポイント、ブライトエンジェルロッジの順に観光しました。
デザートビューポイントのシンボル、ウォッチタワー
ウォッチタワーの上からの眺め
マーサーポイント、ブライトエンジェルロッジからの絶景です。
規模は小さいですがこれらに似た光景は太平洋のグランドキャニオンと言われるハワイのカウアイ島ワイメア渓谷でも見られました。
あちこちで鹿やリスに出合います。エサやりは厳禁です。
グランドキャニオンではツァー2度目のミニハイキングがあり、ブライトエンジェルロッジより二手に分かれて健脚向きには渓谷を少し下るブライトエンジェルトレイル、楽ちん向きには平坦な道を歩くリムトレイル、ツァー客の2/3は前者、私たちは後者楽ちんコースを選びました。中には両方行ってきたというつわ者もいました。
この日の最後、夕食前にブライトエンジェルロッジで夕日を鑑賞しました。
5日目はいよいよナバホ族の居留地に踏み込んで西部劇の舞台、モニュメントバレーの観光です。
この日また幸いにもバスの最前列の席になり写真撮影に好都合でした。
どこまで走ってもまっすぐな道が延々と続いています。
このようなアングルの写真は最前列に座っていないと撮れません。
4時間近くバスに乗りますので途中ガイドがナバホ族について詳しく話をしてくれました。
ナバホ族の人の顔つきはとても日本人に似て親近感があります。
日本人と同じく蒙古斑を持ち先祖に私たちと共通なものがあるからでしょう。
ナバホ族の女性 (ネットより拝借)
西部開拓の歴史は先住民であるネイティブアメリカン(インディアン)迫害の歴史でもありました。
土地を所有するという概念がなく疑うことを知らない先住民は次々と白人に騙され先祖伝来の土地を奪われ、まるでウサギ狩りのように娯楽感覚で殺されてゆきました。
アメリカのこのような歴史的恥部は教科書でもほとんど教えていないそうです。
各地を旅しますと例えば「皆さん これが最後です さようなら さようなら」が涙を誘う北海道真岡郵便電信局事件、特攻隊や沖縄ひめゆり学徒隊の話、キリシタン迫害や野麦峠女工哀史、アイヌ民族差別の歴史、黒人奴隷問題、琉球王朝やハワイ王朝の最期、ハワイ移民やブラジル移民の夢と現実の落差など数多くの似たような悲話を聞くことになります。
ナバホ語は文法が複雑な上発音も特殊で幼少時からその言語環境で育った者でなければ習得・解明が極めて困難でしかも文字を持たなかったことから太平洋戦争で暗号として使用され日本軍は最後までこの暗号を解き明かせなかったと言われます。
英語とナバホ語両方を解するナバホ族の暗号通信兵には護衛役に米兵が付き添い、その真の目的は通信兵が捕まりそうになると暗号を死守するため通信兵を殺害することでした。
バスの中でこれを題材にした2002年製作の映画「ウインドトーカーズ」のDVDが映され主演のニコラス・ケイジがその護衛兵を演じていました。
ウインドトーカーズ (ネットより拝借)
ガイドによる日本人写真家、河野謙児さんの話に心打たれました。
河野さんは生き残ったナバホ暗号部隊の老兵たちを撮り続けナバホの人達に最も尊敬されている日本人とのこと、昨年TBSテレビ「世界不思議発見!」にも出演されました。
河野さんとナバホ族の奥様 (ネットより拝借)
またガイドによるジョン万次郎の伝記の話も面白かったです。
バスの中ではガイド持参のCDでネイティブ・アメリカン・フルート奏者Carlos Nakaiの演奏がずっとかかっていました。
現在ナバホネーション(ナバホ国家)と呼ばれるナバホ族の居留地(北海道くらいの面積の所に20万人が住んでいると言われます)はアメリカの中で準自治権が与えられ首都、国旗、国会、大統領、裁判所、警察、軍隊、大学などを備えあたかも独立国のような形態がとられています。
とは言えこれらは形だけのことで実際彼らは政府と州双方の厳しい管理下に置かれ現在も居留地の中で貧困に喘ぎ苦しんで生活しているのが実情のようです。
こんなことを考えますと、北朝鮮国内の残酷・卑劣な人権侵害問題を米国が非難する資格がどこにあるのかと思ってもしまいます。
モニュメントバレーに着く前の昼食は「ナバホタコ」というナバホ料理でした。
揚げたパン生地の上に豆や野菜がトッピングされています。
もちもちしていてとても美味しかったです。
店の隅に置いてあった花瓶です。
モニュメントバレーではビジターセンターから車に乗りいくつかのビューポイントを巡るオプショナルツァーに参加しました。
未舗装のデコボコ道を砂ぼこりを舞い上げながら疾走します。
ザ・ミトン&メリックビュート
スリーシスターズ
スリーシスターズ手前でつむじ風が立っています。
ジョンフォード・ポイント
ジョンフォード・ポイントではツァー客を馬に乗せ写真を撮る商売をしていました。
ノース・ウィンドウ
ツァーの最後、運転と案内をしてくれたナバホ族の人がインディアンドラムと言うのでしょうかタンバリンのような形の打楽器を叩いて2曲ばかり歌を披露してくれました。
素朴な歌でとても上手いというほどのものではありませんでしたが、ここに来るまでの道すがらバスの中でさんざんネイティブアメリカン悲哀の歴史をガイドに吹き込まれたツァー客ですから歌い終わるやワァーッとチップが集まりました。
彼らもここで歌えばチップが沢山集まると知ってか、きっと経験上の知恵が働いているのでしょう。
ビジターセンターでは原住民の伝統的住居「ホーガン」のレプリカを見ることができました。木と泥で塗り固めた質素な家屋です。
ホーガンの内部です。
5日目の観光を終え宿泊地ページに戻る途中周りの景観に不釣り合いな大きな煙突3本が見えてきます。
この煙突はコロラド川を塞き止めてできたレイクパウエルという巨大な人造ダム湖のそばにあります。
ダム建設にはナバホ族の人たちも大勢低賃金で働いて協力し当然自分達にも電気がもらえるものと思っていたのですが、いざ実際完成し稼働すると彼らには一切電気を与えられなかったそうです。
怒ったナバホ族の人たちは自分達の力で巨大な火力発電所をレークパウエルのすぐ側に建設しました。
昔はやった「白人嘘つく、インディアン嘘つかない」を地で行く話です。
ホテルへ帰る途中お手洗い休憩を兼ねてキャメロンにあるネイティブアメリカン工芸品専門店Cameron Trading Post Gift Shopに寄りました。
この店にはツァーの間何度か立ち寄りました。
この店で自分たちへのお土産として、珍しく家内が気に入ってVal Knight Studio工房製作の素朴な粘土人形「sheperdess(羊飼い)」を買いました。
61ドルでした。
ナバホの人たちにとって羊の放牧は伝統的に女性の仕事でした。
帰国してネットを調べましたらここに載っていました。
同じモチーフでも手作りのため一体として同じものはないようです。
工房直販価格は42ドルとなっています。
この店、日本人客が多いと見えて各所のレジのガラス台に日本語書きでコインの種別一覧表が置いてありました。
お土産を買ったついでに記念に1ドルコインが欲しかったので1ドル札と交換してくれませんかと愛想のいい店員に尋ねたところ探してくれましたが無いようでした。
昔に比べて1ドル、50セントのコインの流通は減っているように感じました。
夕食はステージ付きの会場でカウボーイの曲を何曲か歌ってくれましたが知っている曲は昔テレビで流れた「ローハイド」だけでした。
これだけ日本人客が多いのですから九ちゃんの「上を向いて歩こう(スキヤキソング)」くらい歌ってくれればいいのにと思いました。
料理は固いステーキとまたもや大きなじゃがいもでした。
ステージが終わって客席に帽子が回ってきました。
客は飲み物代を支払うのかと勘違いして次々と入れてゆきました。
添乗員があわてて「違います、チップ、チップ」と言い回り、入れてしまった飲み物代を店の係りと交渉して回収していました。
いよいよ観光もツァー最終の6日目、まずはアンテロープキャニオン観光です。
ジープで洞窟の入り口に到着です。
この青いシャツのナバホおじさんが洞窟内を案内してくれます。
狭い洞窟の壁面を傷つけないようカメラと水以外の荷物はいっさい持ち込めません。
案内役のナバホおじさん、洞窟内の絶好の撮影ポイントを心得ていてツァー客のどんなカメラでもスマホでも慣れたもの、バチバチ写真を撮っていました。
あまりのサービスの良さに観光が終わるやツァー客がチップを渡そうとするとすかさず添乗員がチップも料金に含まれていますからと制していました。
日本人観光客による行き過ぎた慣行が広まらないようにとの配慮からでしょうか。
このあと最後の観光地、コロラド川が馬蹄形に蛇行しているホースシューベンドを訪れます。
ホースシューベンドへはバスを降りてから歩きにくい砂地を片道30分近くかけて進みます。
日かげが全くありませんので帽子、サングラス、水は欠かせません。
観光も終盤、疲れがたまっている中で強烈日光直下での歩行はこたえました。
おまけに道は平たんではなく坂になっています。
標識も何もなくどこまで行けばいいのかわからない中を延々歩きます。
やっと着きましたが、日本と違って景観第一主義ですから美観を損ねる安全柵など何もなく、全景が見える崖の淵までは恐ろしくて行けずこんな情けない写真になってしまいました。
仕方ありませんので全景をネットから拝借します。これを撮った人、きっと決死の覚悟だったことでしょう。やっと完全な馬蹄形が姿を現します。
ホースシューベンド全景 (ネットより拝借)
遅めの昼食は中華バイキングでした。
昼食後宿泊地フェニックスまでバスで5時間、途中ページにある世界最大のスーパーマーケットチェーン、ウォルマートに立ち寄って最後のお買物。
日本で言えばコストコのような倉庫タイプの超大型店舗です。
ガイドからおみやげならサンフランシスコ発祥のブランド、ギラデリのチョコレートなどいかがと吹き込まれていたものですからみんな一斉にチョコレート売り場目がけて突進、またたく間に商品を買占め沢山置いてあったチョコレートの棚は空っぽに。私も危うく買いそびれるところでした。
日本に持ち帰って食べてみましたが飛びきり美味しいというほどのものではなくごくごく普通のチョコでした。
レジを見ていますと商品を入れるビニール袋がレジ横で口を開けてゆっくり回転していてチェックの済んだ商品をレジ係りがポンポンその袋に投げ込んでいます。
客は支払いが済むとそのままその袋を持って帰ればよく、日本のように買った商品を自分で袋に詰める作業は必要ありません。
手動回転式レジ袋マシーン (ネットより拝借)
7、8日目はいよいよ帰途です。
フェニックスからアメリカン航空でサンフランシスコへ、サンフランシスコからJALで羽田です。
アメリカン航空搭乗の際の保安検査で私は運悪くTSAプレチェックに選ばれませんでした。
家内はスイスイ保安ゲートを通過したのに私は脇に連れて行かれ、携帯を出せと言われます。
持ってないと言ってもなかなか聞き入れてくれませんでした。
検査してやっているんだというような横柄な検査官の態度に気分を害しました。
JALの0001便、この便名は日本の航空会社として初の国際線となる羽田-サンフランシスコ間の運航を開始した当初の便名を今に継いで使っている歴史ある便名とのことでした。
機内で見たインド映画「Baahubali (バーフバリ)」は面白かったです。
前編、後編合わせて5時間、長い空の旅ですが退屈せずに過ごせました。
日本で6月から全国で公開され大人気の様子がテレビで報じられています。
今回の旅行、医者から止められていましたのでいつもの旅行と違って食事どきのアルコール、バスの中やホテルでのおやつはいっさい飲まず、食べずじまいで、こんなことは初めてでいつもでしたら旅行から帰ると体重が増えているのに今回は逆に減っていました。
次回の血液検査でこの我慢の報われる結果が出てくれれば良いのですが。
(追記:6/18の検査で我慢のしがいがあり確実にデータが良くなっていました!)
終わってみれば8日間のツァーと言っても広大な土地に点在する観光地を見て回るにはほとんど移動に時間が割かれ実際に観光している時間はほんのわずかです。
それでも大都会ニューヨークなどとはまったく違うアメリカの大自然の雄大さの一端を肌で感じることができ、また時期的に猛烈に暑くも寒くもない気候で、雨も降らず天候にも恵まれました。
義母はお泊り先から元気で戻ってきてくれました。
留守中庭の鉢植えも枯れずに耐えてくれ、柚子の木の防虫ネットは大正解でした。
今回の旅行、家内と共に楽しい思い出を重ねることができとても有意義な旅となりました。