耳コピーとシロウト編曲

 

 

(本記事は筆者のブログ「QAZのつれづれ日記」の2011年5月7日付記事5月21日付記事9月23日付記事編集したものです。)

 

1  耳コピーと耳コピー支援ソフト

 

この曲すごくいいなあと思って、どうしてもマンドリンで弾いてみたいのにどこにも楽譜がない場合、その曲を耳で聴き取りながら採譜することがあります。

いわゆる耳コピー(略して耳コピ)と言われるものです。

 

絶対音感はありませんので、小節単位くらいに少しづつ繰り返し何度も聞きながら楽器で音を取り確かめ楽譜に記してゆくという、尺取虫のような気の遠くなる作業です。

 

昔は録音と言えばオープンリールやカセット式の磁気テープレコーダーしかありませんでしたのでいちいち音を止め少し巻き戻してはまた再生するという面倒なことを繰り返していましたが、今はパソコンでクリックひとつでできてしまいますので操作自体はとても楽になりました。

 

採譜には五線紙への手書きではなくPC上で楽譜作成ソフトを使用します。

少し入力してはすぐソフトで音を再生して確かめることができますし、繰り返し箇所はコピーして貼り付けることができます。

最初何調かわからなくてもとにかく臨時記号をつけて採譜しておき、わかったところで一括移調するということが簡単にできてしまいます。

 

耳コピは耳を鍛えるにはとてもいい訓練になると思います。

音程だけでなくリズムにしても、いかにあいまいに聴いているか思い知らされます。

情けないことに何度聴いてもなかなか音の取れないこともあります。

こうなると根くらべ、持久戦となりとても神経をすり減らす作業となります。

私の耳のレベルではまだまだベース音や和音までとなると正確に音を聴き取ることは難しいです。

 

最近耳コピした曲に

NHK紀行番組「小さな旅」のテーマ音楽(大野雄二作曲)

・新世界紀行「自由の大地」のテーマ音楽(服部克久作曲)

・韓国ドラマ「イ・サン」のテーマ音楽「約束」

・「誰かがサズを弾いていた」(ヤドランカ作曲)

などがあります。

苦労して全曲耳コピを完成させ、通してマンドリンで弾いてみるときは楽しいです。

 

mp3WAVなどの音楽ファイルから楽曲を耳コピして採譜しようと思っても絶対音感がない場合ピアノでもギターでもマンドリンでも何か自分で弾ける楽器の助けがないとなかなか音を取ることが難しいですが、耳コピ支援ソフトを使えば非常に便利で強力な助っ人になりそうに思えます。

 

耳コピ支援ソフトでは範囲を指定して繰り返し聞けたり、その瞬間に出ている音を刻々鍵盤に色をつけて教えてくれたり、その瞬間の音を鳴らしたまま一時停止ができたり、音程を変えずに速弾きフレーズ箇所の再生スピードを変えることができたり、和音が解析できたりします。

有料ソフトであるカワイのバンドプロデューサーでは1小節ごとのコード名を連続で表示してくれたりします。

 

楽譜は横軸が小節、すなわち時間、縦軸が五線上の音符、すなわち音の高さ、つまり周波数で表わした音楽設計図といえます。

楽曲の収まっているmp3WAVは横軸が時間、縦軸が振幅のアナログ音楽波形ファイルですから、これから採譜に必要なデータを得るにはこれらファイルをピアノの鍵盤のように横軸が周波数、縦軸が強度の周波数スペクトルで表わしたデータに変換する必要があります。

 

耳コピ支援ソフトには、時間軸波形を周波数軸波形に変換するために高速フーリエ変換(FFTFast Fourier Transform)というアルゴリズムが使用されます。

時間波形と周波数波形には双対の関係があり、例えば時間軸でただ1本のインパルスは周波数軸ではホワイトノイズのように全周波数帯の成分を持っていますが、逆に音叉のように周波数軸でただ1本の純音は時間軸では正弦波のように無限の繰り返し波形となります。

 

FFTでは音楽波形を短冊に区切り、その短冊の中のデータをサンプリングして高速ディジタル演算により離散的な周波数データに変換します。

短冊の幅、サンプリング数は演算時間、周波数再現性と密接な相関があります。

 

万能のように見える支援ソフトですが、流れている音の周波数情報は見境いなくみんな表示してしまいます。

複数の楽器音を区別することはできませんし、本来採譜に必要のない楽器の倍音や打楽器の音まで音程として表示してしまいます。

和音の中でどこがメロディラインかなどという識別はソフトにはできません。

どんな支援ソフトを使うにしても過大な期待は禁物であくまで耳が主役、ソフトは単にその補助的役割でしかないことを認識しておく必要があります。

 

音源がアナログ情報のmp3WAVではなくデジタル情報であるMIDIの場合は楽譜作成ソフトには自動的に楽譜に変換してくれる機能がありますので耳コピの必要はなく非常に便利です。

 

2  シロウト編曲の苦労

 

マンドリン合奏をする場合オリジナル曲ばかりでなく、市販の編曲物もよく使いますが、どうしても弾きたい曲で合奏譜がなければ自分で編曲するしかありません。

とは言ってもシロウトが変曲や偏曲にならずなんとか恰好だけでも編曲するには、もちろん曲想をどうするか、芸術的インスピレーションが一番大事ですが、才能のない頭が突然ひらめいたりはしませんので、自分の芸術性のなさはひとまず棚に上げて難行、苦行に挑むことになります。

 

編曲をやるからには一通り楽典、和声法、対位法の本くらいはちゃんと読んで、マンドリンだけでなく合奏に使うギターもそこそこ弾けて、とまあ最低限これくらいの準備はして取りかかるのですが、和音進行を考えるとき主要三和音の呪縛から脱皮するのはなかなか困難です。

それほどまでにこの和音の威力は強烈です。

 

モーツァルトの曲など主要三和音さえ知っていればそこそこ編曲できてしまいますが、これは何と言っても旋律が飛び切り上等だからで、普通の曲を主要三和音だけで作ってしまいますと間違いではないですがなんとも味気のない幼稚な仕上がりになってしまいます。

 

また、編曲していますといろんな疑問にぶつかります。

和声法では属和音から下属和音への進行を禁じます。

なるほどギターでコードを弾いてもこの進行は不自然に聞こえますが、多くの合奏譜を詳しく見てみますとこの進行を使っている箇所があります。

また、マンドリン合奏のギターパート譜では属和音はほとんど属七の和音として使われています。

短調の曲の和音にはマイナーコードを使いますが、属七和音は長調、短調共通に用いられメジャーコードでもマイナーコードでもありません。

 

三和音だけでなく四和音、和音の転回、代理コード、オンコード、ときには長調の曲に短調の和音も不自然なく取り入れることができれば、かなり幅広い表現ができてきます。

これらは編曲を繰り返す中で自然に徐々に身についていくように思います。

 

私は各調におけるギターのコード表やトライアドコード、セブンスコード、その他の和音に分けてあらゆる和音の一覧表を作成し、これら資料を編曲の助けに利用しています。

物理的に指で押さえられないギターコードを割り付けるわけにはゆきません。

各楽器の音域を超えた譜面は作れませんし、ボーカルを伴う場合は当然歌い手の声域を考慮する必要があります。

ひらめきとまではゆかなくても、いつもその曲のことを考えていれば時としていいアイデアが浮かんだりもしますので、仕上げを急がず熟成の意味で曲を寝かせておくこともとても大事なことのように思います。

 

編曲の極意はあれもこれもとごてごてと飾り付けないことでしょうか。

料理でも素材を活かした単純なものが、複雑な料理よりおいしく仕上がることはよくあることです。

薬味も控え目に、やりたいことの6分目くらいに抑えておいてちょうどいいように思います。