ハワイ

 

 

ブログを開設した 2011年3月以降に行きました海外旅行はその都度ブログに詳しい旅行記を綴ってきましたので、それらを編集してこのHPに海外旅行記としてまとめて掲載したいと思います。

先ずは 2011年5月出発のハワイからです。

2011年3月以前の旅行分については順次思い出しながらいずれ掲載できればと思っています。

 

ハワイは近くて日本語が通じ治安も良く日本人にとって非常にポピュラーな旅先です。地理的に山と海が近く、気候は暑いですが湿度が低くカラっとしていて独特の解放感がたまりません。リピーターが多いのもうなずけます。

 

しかしヨーロッパのような歴史的建造物や遺跡がたくさんあるわけでもなく、狭い島ですからワイキキビーチやダイヤモンドヘッドのあるオアフ島と周辺のハワイ島、マウイ島、カウアイ島を見てしまえばザッツオールです。

 

ところでほかの外国人は何しているのだろうと観察しますと、ホテルのラナイ(バルコニー)やプールサイドで静かに本を読んでいたりします。

何もわざわざこんな所に来てまで本を読まなくてもいいのに、時間がもったいないとつい思ってしまいます。

時間の過ごし方がぜいたくで日本人のようにせかせかしていません。

彼らは観光ではなく休暇と思っているのでしょう。

日本人もいずればこのような旅行スタイルを会得するでしょうか。

 

私たち夫婦はハワイに6度行っています。

1993.9  8日間 夫婦で マウイ島観光

・1998.3  6日間 家族で ハワイ島観光

・1999.5  7日間 家族、友人で

・2002.5  7日間 家族、友人家族で

2005.5  7日間 家族、仲間7人で カウアイ島観光

2011.5  10日間 家族、友人家族と

家族とは私たち夫婦と同居している義母ですが、義母は2011年の旅行時87歳で義母にとってはこれが海外最後の旅となりました。

 

ここでは2011年5月に行きましたハワイ旅行についてブログ記事を編集して綴ってみたいと思います。 

 

[目 次(青色文字の項目にはリンクが貼られています)

1 ハワイ旅行 (201162のブログを編集) 

2 ハワイのグルメ (201163日のブログを編集)

3 ハワイというところ (201167日のブログを編集) 

4 Hawaii Aloha (2012613のブログを編集)

5 Hulaハワイの風にのせて (201281日のブログを編集)

6 20年目を迎えたハワイ灯籠流し (201861日のブログを編集)

 

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1 ハワイ旅行

 

87歳になる義母を連れて家内とハワイに行ってきました。ハワイには何度か行っていますが、今回はツァーではなくホテルとフライトのみを予約しての自由旅行となりました。

 

ワイキキのホテル、21階の部屋のラナイから見た山側の夜景

 

夜景はオーシャンビューの海側より山側が格段にきれいです。節電中の日本から見ればうらやましい光景でもあります。

 

カラカウア通りに面したInternational Market Placeの飾りローソク屋

 

ここではいろんな雑貨が売られています。

 

ホテル内のウクレレ店

 

ハワイ特産コアの木でできたウクレレは最高級品。ハワイの天才ウクレレ弾き、ジェイク・シマブクロのCDもありました。

 

ポリネシアカルチャーセンターでのボートショー

 

ここはモルモン教団の運営で入場料は学生教徒の学資として援助されています。

 

 

毎年Memorial Day(戦没将兵追悼記念日)に合わせて催行されるアラモアナ・ビーチパークでの世界最大級規模の灯籠流し。今年で13回目、4万人もの人出。すっかりハワイっ子に定着した行事となりました。米国本土にもTV放映されています。

 

2 ハワイのグルメ

 

ハワイ、オアフ島ワイキキは世界に名だたる観光地ですから和洋中グルメは何でも揃っていますが総じて高いばかりで、特にお肉などは日本のほうがはるかにおいしいと思います(はじめから勝負がついていますから、比べるほうがおかしいかも知れませんが)。

 

いろいろ食べ歩いて日本食が恋しくなったとき、とっておきのお店を二つご紹介したいと思います。

 

ひとつはキング通りにある「稲葉」というおそば屋です。ダシは少々甘めですが、打ち立てを出してくれて、日本で食べる本格的なおそばと何ら変わりありません。天ぷらもとてもおいしいです。

 

もう一店はクヒオ通りにある「丸亀製麺」という日本でも知られた讃岐うどん専門店です。うどんはもちろんのこと、ここのいなりずしとおむすびも大変おいしくテイクアウトできます。ABCストアで売っているまずいおむすびとは比べものになりません。昼食や夜食用にピンクラインのワイキキトロリーに乗ってでも食べに、買いに行く値打ちがあります。値段もとてもリーズナブルです。

 

 また、ハワイのおみやげといえばマカダミアナッツチョコレートやコナコーヒーなどが定番ですが、私はBig Island Candies社のShortbread Cookiesがお薦めです。このクッキー決して安くはありませんが、価値のあるおいしいクッキーです。

 

 

 これらのお店や会社のまわし者ではありませんが自分の舌で実際確かめて自信をもってお薦めできるものですので、ハワイ旅行される方、機会があればぜひ一度お試しください。

以前はハワイ島でしか売っていませんでしたが今はオアフ島でも買えるようです。

 

 

3 ハワイというところ

 

ハワイというところは、新婚旅行やサーフィンなどマリンスポーツを愛好する人、お正月に見られるような芸能人などに特に好かれます。

行った人は「こんないいところはない、何度でも行きたい」となるようです。

自然ということでしたら地球上には美しいところはほかにたくさんありますし、グルメやショッピングであれば近くにシンガポールや香港もあります。

 

高いお金を出してせっかく遠くまで来たのだからあれもこれも見ないと損と思っても見るところは限られていて、ワイキキ以外はどこも田舎です。オアフ島、ハワイ島、マウイ島、カウアイ島、この四つの島めぐりをすればこれでハワイのすべてです。

結局のところハワイは、何もしないでのんびり非日常性を楽しむという欧米型のバカンス、日本人にとっては一番苦手な過ごし方をする場所ということになるでしょうか。

 

常夏の国、ハワイは湿気が少なく過ごしやすく、治安もよく、何ものにも代えがたい自由で開放的な雰囲気がリピーターを増やしている所以ではないかと思います。

 

今回アリイオラニ・ハレというカメハメハ大王像のある歴史センターに寄ってみました。ハワイ王朝と琉球王朝の終焉の類似性を調べてみるのも面白いかも知れません。また、観光用の腰振りフラだけでなく、オリジナルなフラダンスはもっと神聖なもののようです。そのあたりを学んでみるとハワイの精神性についてより理解が深まるかも知れません。

 

意外ですが世界で一番降雨量の多いところはハワイのカウアイ島、ワイアレアレ山(年間12,300ミリ)だそうです。ハワイは今も活火山の島であり大地震や津波が襲ったら、あまり考えたくありませんがワイキキの浜辺は一体どうなってしまうのでしょう。

 

4 Hawaii Aloha

 

ハワイに関する歌でよく知られている曲に「憧れのハワイ航路」、「小さな竹の橋で」、「珊瑚礁の彼方に」、「カイマナヒラ」、「ブルー・ハワイ」、「真珠貝の歌」等がありますが、多くの人がすぐ思い出すハワイの歌は多分「アロハ・オエ」ではないでしょうか。

この曲は広く知られ親しまれていますが、もう一曲、ハワイの歌でこの上なく美しくきれいな曲に「Hawaii Aloha」があります。

 

ハワイの人が一堂に会したとき決まって最後に皆で歌う、ハワイの人なら誰もが知っているハワイを讃える素晴らしい歌で、日本人の心にも響くものがあります

 

 

女性ソリストの歌声(上)と葦笛による素晴らしい演奏(下)です。

 

5 Hulaハワイの風にのせて

 

ホームページに載せるHawaii Alohaの歌詞を調べるため、先日「Hula ハワイの風にのせて」(鳥山親雄著、205pp、勉誠出版、2005年)という本を読みました

 

 

この本はハワイの歴史と音楽がとてもわかりやすく書かれています。

 

内容は

1章 ハワイ民謡

第2章 古典フラ

第3章 アロハ・オエ物語

第4章 フラの話

第5章 ホレホレ節

第6章 現代ハワイ音楽の誕生

第7章 コンテンポラリー・ハワイ音楽

第8章 ハワイの童話

第9章 フラのステップの基本

10章 ハワイの歴史・フラの歴史

11章 日本フラ界の先駆者たち

12章 日本フラ界の後継者たち

13章 日本フラ界の後継者たち

14章 ハワイ語のレッスン

 

と盛り沢山で、いわゆる観光ガイドとは一味違った内容になっています。

ハワイをより深く識る上でこの本の内容は非常にバラエティに富んでいますが、欲を言えばウクレレやハワイ音楽特有の打楽器等、楽器についての説明もあったらと思いました。

 

ハワイについてはハワイ王朝最後の第8代女王リリウオカラニによって作られたアロハ・オエのこと、ハワイ王朝滅亡期における日本との関わりなどなかなか興味深いですが、一つこの本で「ホレホレ節」のことを初めて知りました。

 

ホレホレ節は、ハワイの日系一世が生み出した労働歌で、日本人が外国で作った民謡として特異な存在と言われます。19世紀末に日本人労働移民が組織的にハワイに送り込まれハワイ各地の砂糖耕地で重労働につき、ホレホレ節はその砂糖耕地での労働の中から生まれたものでした。

 

 

「ホレホレ」とは、砂糖きびの枯れ葉を手作業で掻き落としていく作業を指し、これは女性たちの仕事でした。炎天下腰をかがめ皮膚に刺すイガやトゲの痛みに耐えて葉をむしり取るのは大変苛酷でつらい作業だったそうです。 

 

 ♫行こかメリケン(アメリカンが訛ったもの)よー 帰ろか日本

 ♫ここが思案のハワイ国

 ♫ハワイ、ハワイとよー 夢見てきたが

 ♫流す涙もキビの中・・・

 

歌詞にはいろんなバージョンがあるようです。

ホレホレ節に込められているのは、外国の土地で家族のために新しい生活を切り拓いていった日系一世の苦渋、苦闘の物語で、歌詞に綴られている一世の払った犠牲があって今日のハワイの繁栄もあるのだと思います。

 

子供の頃移民船ぶらじる丸で南米に渡った親戚家族のことを思い出しました。

 

6 20年目を迎えたハワイ灯籠流し

 

 

毎年5月の最終月曜日(今年は528)米国Memorial Dayに合わせてオアフ島のアラモアナ・ビーチパークで催されるハワイ灯籠流しが今年で早や20年目を迎えました。私と家内も観光を兼ね第14713回目の灯籠流しに参加していますが、第1回に参加してからもう20年も経ったのかと感慨深く思います。

 

年々規模が拡大し今年は国内外から5万人の参加、7千もの灯籠が海に浮かべられたそうで、地元の新聞Honolulu Star Advertiser、テレビ局KHON2 Newsに大きく取り上げられ、またYouTubeにも実況動画がたくさんアップロードされています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと日本の伝統行事であった灯籠流しがハワイに根付き毎年恒例のイベントとしてここまで盛大に催されるようになった背景には、歴史的にハワイ移民の日系人を中心に脈々と今に受け継がれてきたBon Dance (盆踊り)に見られるように日本の伝統文化を受け入れやすい土壌がベースにあったことは間違いないと思われます。

 

しかしハワイは日米開戦の激戦地、パールハーバーに沈む戦艦アリゾナからは今も油が漏れ続け水面に浮かぶと言われます。日本文化の押し売りでは決してうまくゆくはずもありません。ハワイ灯籠流しは幾多の戦争で亡くなった米兵を追悼するMemorial Dayに合わせて催行され、敵味方関係ない怨親平等の願いが込められているところに一番の深い意味があると思います。

 

さらに大勢の現地ボランティアの参加協力により開催前後のビーチの清掃を徹底し5万人の残す膨大なゴミはもちろん開催後は開催前よりずっときれいになったと言われる状態に戻し、海に浮かべた何千もの灯籠は終了後すべて回収し次回再利用するなど手間ひまいとわずエコと環境浄化を図る姿勢が高く評価されている点も見逃せません。

 

開催の最後にみんな手をつないで「HAWAI'I ALOHA」を歌います。ハワイの歌でこれほど美しい曲を私はほかには知りません。

 

 

この灯籠流しが今後もハワイの人々にとって欠かせない心の風物詩として定着し末長く続くことを願っています。